将棋の駒に使われている漆の歴史や研究について紹介しています。

将棋駒の歴史について

 日本の漆芸は奈良時代に中国の漆技が朝鮮を経て渡来したと言われています。これが平安時代に入り日本独自の漆芸に発展し、椀、硯箱、重箱等への蒔絵が生まれました。将棋原型はインドのチャトランガが発祥と言われ、今から2000年前に誕生しました。ヨーロッパへ渡来したのがチェス、中国へ渡来したのがチャンシー、朝鮮に渡来したのがチャンギ、タイへ渡来したのがマックルック、そして日本へ渡来したのが将棋です。日本の将棋の原型は平安時代には存在していたようです。その後大将棋、中将棋などいつくかの将棋が存在していましたが、江戸時代に将軍の御前で対局されたお城将棋は現代と同じ将棋になっていました。
 現代の駒は、文字を彫った後に漆が埋められています。しかし江戸時代の駒は書き文字に漆が使われていました(要するに文字を彫っていない)。そのためかなり素朴な感じの駒でした。また駒に使われる木地はかなり地味な物でした。その後昭和初めに牛谷露滴や初代豊島龍山らの駒師によって現代の駒(彫り駒、彫り埋め駒、盛り上げ駒)が誕生しました。これは漆の美しい光沢をプロが使う駒に持たせることによりプロとしての品格を持たせて、将棋同盟社や、将棋そのものの世間的な評価を向上させることが目的であったようです。
 その後、二代目豊島龍山の数次郎、金井静山、宮松影水、奥野一香、木村文俊ら駒師が現代駒を確立させます。このとき駒製作に使われる漆が大きな進化を遂げました。特に金井静山の漆の美しさは将棋駒史上最高峰と現代でも言われています。また木地も地味な模様から派手なもの(虎斑)が人気が高くなりました。
 現代では更に新しい手法が登場しています。それは拭き漆による仕上げです。通常は何十年も経って変化する駒木地が製作時からかなり派手なものになります。特殊な技術のため現代の駒師でもこの手法を使える駒師はそう多くありません。大竹竹風(二代目)、児玉龍児らが拭き漆に定評があります。